水野和プロフィール

スピリチュアルクリニック水野和

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水野和プロフィール

プロフィール

『仕事は40歳になって決まる。』という声が聞こえた

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「透視リーディング」のような魔訶不可思議なことを仕事にしていると、さぞかし独特のオーラのある怖しい人かと、皆さんある種の期待を持たれるようです。
しかし、実際に会うと、何でもない普通のおばちゃんで、がっかりするやら安心するやら、というところらしいです。
興味を持たれるほどの大した人生ではないですが、どうして「透視リーディング」ができるようになったか、どうして「魂の声の通訳者」になったのか、そしてなぜこの仕事を続けていられるのかを書いてみましょう。
小学生の頃、人の注目を集めている人の、その言葉と胎の中が違うのがわかることがありました。
どこかで学んだということではありません。
自然にわかりました。
若い頃は、胎の中と話す言葉が違うことが許せず、人は信じられないと思うようになりました。
けれど、大人になるにつれ、そういった嫌悪感は次第に薄れていきました。
もう1つの忘れられない体験の中では、こんなことがあります。
並べられている手作りの作品の中の1点だけが、光輝いて見えるのです。
何度、目を瞬きしてみても、光は変わらない、とても美しい光。
何だろうと思っているだけでしたが、小学生の時だけでなく、20代でも経験しましたので、もしかして、これを才能と自覚して伸ばしていれば、案外に、美術品の鑑定家にでもなれたのだろうかとちょっと考えることもあります。
そして、私が覚えている最も不思議な体験は中学生の時のこと。
ある日急に、『(私の)仕事は40歳になって決まる。』という声が聞こえたのです。
その声は3回同じことを言って消えました。
外から聞こえる声ではないことははっきりしていました。
自分の内側から聞こえる声。
けれど、その当時の私の仕事観は、学校を卒業したら、退職するまで一生同じ会社に勤め続けるというものでしたので、40歳になってから仕事が決まるなんて遅すぎる!
一体私は何を考えているのだろうと思いました。
内側からの声でしたので、自分がそう考えたと思ったのです。
その後、40歳を過ぎてこの仕事に転職した時に、あの時言われたのは、このメッセージだったのかと、納得したのです。
天職と思えるこの仕事に出会うまでの紆余曲折を考えると、せめて、『(私の)仕事は40歳になって決まる。』のあとに、『だから安心しろ。』くらいは言っておいてほしかったなぁなどと苦笑いしています。
もちろん、その紆余曲折があればこそ、今の仕事に出会え、続けていられるのですから、苦しんだ体験が今に活かされているのだとは思っています。
しかし、現在、透視リーディングの仕事をしていますと、親御さんたちから子供さん達のリーディングを依頼されることが多く、幼い頃から特質を知り、その特質を生かすようにと育てられる子供さん達は、いい環境にあるなぁと、うらやましくなることがあります。

自分をどうにかしてくれるのは自分自身

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さて、不思議体験のいくつかを書きましたが、そういうことが、私の能力だと自覚するのは、先ほども書いたように40歳になってからです。
小さい頃から、ボ~ッとした子供で、小学校に入学する時も、普通学級に進学できるかスレスレのライン。
きっと、今であれば、発達障害か自閉症と診断されているのではないかと思います。
そんな私ですから、小さい頃から物事をテキパキとこなすことができず、仕事に忙しい親からはダメな子と関心を持たれず、友達もうまく作れない、いつも一人でいる寂しい子供でした。
中学時代も、休み時間は一人で本を読んで時間をつぶし、帰り道では、現実の世界から離れて、妄想の世界に遊んで、現実逃避をしていました。
私は自分のことを、普通のことが普通にできないダメな人間だと卑下し、生まれてきたことを恨めしく思い、30歳近くまで、死ぬことばかりを考えて生きていました。
何事に対しても、最初から、「私なんかにできるはずがない」と考え、「私は、できなくて当たり前」。
そんな、自分で自分を見くびっている人間でした。
そんな私ですから、仕事も当然、特別なことはできないと考え、事務仕事ならできるだろうかと就職したものの、うまくいかず、退職。
子供のころに考えていた仕事観とは裏腹に、20代は転職やバイトを繰り返す日々。
20代半ばに安定した前職に勤めさせていただいたのは幸運でした。
何軒かの精神科に行ってみたり、カウンセラーに通ったり、けれど、結果の出ないまま、どうしたらいいんだろうと、ずいぶんともがきました。
そのもがきの1つとして参加したあるセミナーで知り合った人から教わったのが、精神世界系の本。
今ではすっかり読まなくなりましたが、そこからそういう類の本を読みだすようになりました。
そこからだと思います。
自分をどうにかしてくれるのは自分自身しかいないと思うようになり、いろいろなことを学んで自分を高めていこうという気持ちが芽生えました。
そして、いろいろなことにチャレンジしました。
アロマテラピーの1級を取得、フラワーエッセンスやホメオパシーの勉強など興味のあるクラスに通い、友達もできました。
人間と物体に差がない、量子力学的なことに興味を持ったのもこの頃。
エネルギーの不思議な世界にも心惹かれました。
ヨーガやトレーニングジムに通い、その経験から、身体と心のつながりに気づきました。
この時のヨーガの体験が、その後「ヨーガセラピスト」の勉強へとつながったのです。
その勉強の中で、身体のことにも興味のある自分に気づきました。
そうこうするうちに、子供のころよりは人と接することが苦手でなくなり、むしろ、人は怖いけれど嫌いではないと思えるように。
そして、少しずつ自分にもできることがあると自己評価が上がり始め、少しずつ生きることを楽しめるようになり始めました。

いじめ、その逆境の中、能力が花開く

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ところが今度は、その自信を覆すような出来事が起きました。
転職してきた同僚からいじめにあったのです。
自分ですべてを支配したい、自分のいうことは絶対、という態度に迎合せずにいたところ、会社の中で四面楚歌状態に。
上司も全てこの人に言いくるめられ、私の味方はだれ一人いませんでした。
辞職したかったのですが、主人に相談しても経済的に無理と、全く聞く耳持たず。
そんな期間が4~5年続いたでしょうか。
精神的な圧力に加えて、仕事量は増える一方。
毎日、ほとんどノイローゼ状態、たぶん鬱病だったと思います。
会社の屋上に行っては、飛び降りようかと下を眺め、ため息をついては、心を静めて席に戻る、そんな繰り返しでした。
この頃、子供のころの感覚がよみがえってきたのです。
傲慢でお山の大将のようにふるまっているこの人の、弱くびくびくした内側の小ささが見えてきたのです。
人には表側と、内側があると知った、子供のころの体験を思い出しました。
そうすると、いじめられて、苦しんでいるにもかかわらず、同時に、あの人は折れたらポキッと折れたままになる、私は雑草のようによみがえる力があると、冷静に考えていられたのです。
それに、いつの間にか、この上司の前世は木こりだった、この上司の前世は刑務所の監視、この上司は赤ちゃんの時に亡くなったなどと、不思議なことを考えるようになりました。
厳しい環境に置かれて精神的に追い詰められたことで、私のもともと持っていた能力が開花したのだと思います。
しかし、その間にも、執拗にいじめは続きます。
惨めな思いを何回もしました。
それでも、仕事では絶対文句を言わせまいと、以前より仕事に没頭しました。
そのうちに、上司も評価してくれるようになり、最終的に、転職を決めたころには、上司全員から「水野さんが、この会社で1番働いているんだから辞めるな。」と言ってもらえるくらいになりました。
今では温かい思い出になっています。
この期間は、とても苦しかったですが、今になっては宝物。
この期間に仕事上での自分を十分に見返し、たくさんの反省点も見つけました。
気の弱い何もできないと思っていた私が、気が強いところがある、思わぬ我慢強い人だということも分かりましたし、様々なアイデアが浮かんで、実行していくという長所も見つけました。
そして同時に、すぐに人に頼りたがることに気づき、我慢して一人でやりぬくことで、毎回成果につなげる経験ができ、この達成感が腹の底からの自信になりました。
また、現実をしっかり見据えて生きていないことも自覚し、妄想ではなく、現実に生きていく訓練にもなりました。
そう気づいてからは、私はいじめていた人に、心の中で感謝をしました。
現職が、天職だとは思っていても、やはりいろいろなことがあると、気持ちが萎えることがあります。
それでも、自分を鼓舞し続けられるのは、この時の経験が糧になっているからです。

セラピストとしての人生をスタート

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セラピストとしての仕事を始めて、初めのセッションメニューは「レイキヒーリング」だけでした。
しかし、クライアント様達を見ていて、身体の状態を心で作っているのを感じ、それをご本人がわかったらもっと早く良くなるだろうと思い、悩んでいるうちに、私のもともとの能力がさらに花開いたようで、「透視リーディング」ができるようになりました。
「そういう仕事をしていると、疲れませんか?」とよく聞かれますが、大好きな仕事なので、これで疲れるということはありません。
人生、山あり谷ありです。
家族中の反対を押し切って、現職に転職、落ち着いて新しい仕事に打ち込んでいたのもつかの間、今度は両親が認知症に。
きょうだいの助けを得ながら、私が仕事をしつつ、世話をすることに。
さらには、父が多額の借金をしていることが判明。
それを、私が引き継ぐことになりました。
思い出すと、あれもこれも、嫌なことは私を磨いてくれるために出会ったことです。
困ったことや何回も経験することは、そのあとの人生に役立つ布石であったり、自分を探るようにとの天からの優しいメッセージです。
いじめにあって大変な時期に、退職を許してくれなかった主人の態度の(最終的には押し切って転職しましたが)おかげで、苦しい中を粘り強く我慢し続ける根性がつきました。
また、いじめてくれた同僚がいなければ、私は安定した厚生省の外郭団体の職員を辞して、この素晴らしい天職に出会うことはなかったでしょう。
父の借金返済の件がなかったら、今のように、まだまだ勉強しなければと気持ちを高く持ち続けることはなかったかもしれません。
仕事をさせていただきながら、自分も学んでいるありがたい仕事です。
それと、ここ何年かにわたり主催している「ヴェーダンタ勉強会」での学びにより、私個人という観点からではない、さらに大きな観点で物を見ることができるようになりました。
一人一人の世界は違う。
自分の世界を創っているのは自分。
見るべきは自分、すべきは自分。
自分の世界を創っている自分に立ち返るしかないのです。
だから、今、どうありたいかを生きていくのです。
全然、完璧ではありません。
でも完璧でなくていいんだと、思えるようになりました。
世界は苦しいこともたくさんあるけれど、楽しいこともたくさんある。
その苦しさもまた楽しい。
もっともっと先のことになりますが、いつか、80歳くらいになったら、私の得た智慧を、何かの形、例えば寺子屋のような形ででも伝えたいというのが、今の私の夢です。
そのためには、まだまだ未熟。
もっとたくさん知らなければならないこと、体験すべきことがあるでしょう。
時々、私はどんな風に亡くなるだろうかと、考えることがあります。
それまでの人生に何が起こるか、何を起こせるか。
それまで、今はここに生きて、感じて、味わっていることを、楽しんでいきます。

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